きょうの予定?【①出/・・・②荷/・・・③収/・・・④作/(掃除・種まき(きうり・なす・すいか・まくわ)苗とり(きく)苗管理(とま)・・・⑤懸案事項/・・・⑥他/・・・】

  • ・・・。

きょうの英語::

きょうの四小節::

きょうの漫画::写真で『やまざくら』

花びらが散って鬱陶しい。『チラリホラリ』なんてもんじゃない。べとべと。

 

 

 

きょう何してる?【①出/駅(30点)・・・②荷/(やまい)・・・③収/・・・④作/(出/荷/収・掃除・苗管理・ハウス管理)・・・⑤懸案事項/・・・⑥他/・・・】

 

なにげに言語論(171)

  • ナバナが咲き始めた。
  • もうダメ・・・。
  • 何がダメかと言えば野菜としてのナバナ収穫が「もうダメ」なのだ。
  • ナバナとは言うが内容はコマツナである。
  • それを去年の九月に種をまき、出始めコマツナで売り、蕾を持つ冬明けからナバナで売る。
  • 四巡ほど収穫して、五回目の今はもうダメなのです。
  • これから花を咲かせて花見して、種をとって終わります。
  • 花は咲くが実はみのらない花は「あだ花」でしたっけ?
  • あだ花だって咲くだけマシだ。
  • オレなんか咲きもしない。
  • そう嘆く。
  • 絵でも音楽でもそんな嘆きはできない。
  • 言葉でだけ出来る。

嘆くという行為は言葉を必要とする。じゃあ言葉を使わなければ成立しないすべての行為を列挙せよ! 棒高跳び(という行為)にはトビ棒は必要だが言葉は要らないので要件をみたさないから、これにあたらない・・・。

会議する・考える・会話する・話す・(言葉を)聞く・訊ねる・思う・約束する・手紙を書く・・・。あ~!

行為を構成する要素という観点から言えば、言葉はトビ棒と同じ範疇にあるものだということが分かる。しかし、トビ棒は物だが言葉は物か?

物です!! だって言葉はメディアの上にしか存在せず、そのメディアは物だから、だ。

きょうの英語::An Italian cargo ship has arrived.

きょうの四小節::・・・きょうも歌ってごまかすか::『傘がない』から

傘がなE7い / 雨Gに濡れて F行かなくちゃ / 行かAmなくちゃ  君に逢いに G行かなくちゃ  / 君のF町に 行かなくちゃ  雨にE7ぬれ  / 行かAmなくちゃ  君に逢いに G行かなくちゃ  / 君Gの家Fに 行かなくちゃ  雨のE7中を  / 行かAmなくちゃ  君に逢いに G行かなくちゃ  / 雨Gに濡れて F行かなくちゃ / 傘がなE7

きょうの漫画::妄想スケッチ「イタリアの貨物船」

こんなんで「イタリアの貨物船」きゃ? 例の『春の一枚』の中に入れて置きました。ものすごく小さい。船の差し渡し1.5センチ。絵の中に見つけるのはそうとう大変だ。写真にとると何だかそれなりになっちゃってる。

積み荷のコンテナが多すぎる。これじゃあひっくり返るゾ。

 

きょうの予定?【①出/駅(15点)・・・②荷/(ごぼ)・・・③収/(ごぼ)・・・④作/(出/荷/収・掃除・苗管理・ごぼ収穫溝切り・じゃがマルチ掛け)・・・⑤懸案事項/・・・⑥他/QnS(眼科メガネ調整)・・・】

 

なにげに言語論(170)

  • 本を読まなくなった。
  • ネット発信が言葉を運ぶメインのメディアになったからである。
  • 本を読まなくなったからと言って、言葉にふれることが少なくなったということではない。逆である。
  • YouTubeとかWikiPedeiaとかKindleBookとか個人のブログとか各大学のサイトとかNHKとかがネットを通して言葉を運んでくる。新聞社も本屋もあやしげな団体も政党も会社もネットで言葉を発している。
  • その量はかつて本や雑誌や新聞を読んでいた時より圧倒的に多い。
  • 本は文字だがネット配信の多くは音声で言葉を発している。
  • 試しにその辺の図書館など覗いてみれば閑古鳥が鳴いている始末だ。だからこのことはオレの身の上に「だけ」起こっていることではなく、「みんな」の上に起こっていることなのだ。
  • そこで大事なことはどんなコンテンツ(言語内容)に触れるかだろう。
  • 皆さんにはみなさんの好きなコンテンツがあり、オレにはおれのすきなそれがある。QnSなどは料理とドラマと身の上相談とお気に入りブログとかで、オレはドキメンタリとか科学ものテツガクもの音楽もの風景ものエロものなどだ。特定のブログもある。
  • そんなふうに、日々触れているコンテンツによってあなたのたの人格が作られて行く。小声で言うがあなた、あなたが日々ふれている言葉によってあなたの人格は作られてしまいますよ。これも言葉のチカラの一つです。
  • その人格を使ってあなたは世間を生きなけりゃならない。だからコンテンツが大事なのだ。より幸福を呼び込む人格の方が得なのに、それに反しているものを作っているかもしれないでしょう?
  • 「本を読む」に対して「本を書く」を置けば、オレが「本を書く」などという需要はどこからも来ないだろう。自費出版なんてまっぴらごめんだし。
  • 「読む」の受動に対し「書く」の能動は日記とかノートとかメモとかだった。それは個人的なものだった。
  • それが今はこんなふうに書いた日記をあなたに読んでもらえる。本を書いているわけではないが、オレの発信はこれで十分である。毎日言いたいことをいっている。これが精神的にとてもいい。
  • 良い時代になった。そうおもう。
  • 「本を読む」については、今までとはちがった「特別な行為」として位置づけられるのではないかと思っている。
  • それは「物としての本」の材質感の(目もくらむような圧倒的な)呪術性によるだろう。
  • それはメディアの問題である。物としての本にある言葉はネット上の言葉とはちがうメディアの上に在るのだ。
  • 意味は言葉にではなく、そのメディアに在るのだった。それが個人の脳内の生理化学反応であれマスメディアの巨大放送設備であれネット環境であれ、言葉はメディアの上にしか存在しえない。

 

  • ::(ここで「言葉」と言っているが、言葉の他に「音」「画像」もメディアに乗る。味と触覚はいまのところ「それを持つ、物そのもの」の上にしかない。メディアにのるもののことを「情報」と言ったらどうだろうか? 「あそこのトンカツ、めちゃうめえんだ!」と言った場合、その味はメディアでは伝わらないが、その味について「めちゃうめえ!」という情報は伝わる。遠隔外科手術などの場合触覚を情報化しなければ実現しない。言葉は音声言語なら音だし、文字言語なら画像だから、メディアに乗るものは音と画像といってよい。)

 

  • 「本を読む」とは、その言葉が本の上にある場合のことなのである。その場合その言葉は特別な意味を持つだろうと言っている。
  • ネット時代の読書は個人の行う何かしらの秘儀として有意味なのではないだろうか。そう思っている。
  • 読まなくなった本ではあるが、呪術的秘儀とする読書はまた、密かに行う生活習慣を通して(=秘儀)、何を祈るのか(=呪術)、という問をもたらす。
  • そうした本としてオレがいま読みたいと思っているのは『旧約聖書』と『記憶・歴史・忘却』である。
  • が、何語で読むか?
  • 『旧約聖書』は古ヘブライ語、『記憶・歴史・忘却』は現代フランス語だ。日本語訳もあるが呪術性にあやかるためには原語でないといけないような気がする。
  • どうしよう?
  • 読めなくも持っているだけで何かのご利益はないものだろうか?
  • なにしろ呪術的秘儀を持つことを「わたしの読書」とするわけだから・・・。

 

  • ・・・。
  • また後で。

あなたはどんな「言語生活」(?)をなさっていますか? それはあなたの幸福のために大事なことだと思います。いかがでしょうか?

きょうの英語::I like music.

きょうの四小節::歌ってごまかす四小節::『観覧車』から

ビルの谷間のAm観覧車 / 大空めざして昇ってく / 昇りつめたら足元に白く光ったAm7港です / Emイタリアからきた貨物船 Fたどりついた港です

だいぶ前に作った歌だ。『イタリアから来た貨物船』を絵に入れたくなったのはきっとこの歌のせいじゃないかな。あした描いてみます。イタリアの国旗を船にした図柄を思っていますからヤッツケ仕事ですけど・・・。

きょうの漫画::写真で「ヤマザクラ」

どうなんですかね? 手前左上はモモの花ですけど・・・。