日別アーカイブ: 2018-03-20

きょうの予定は?【①出/駅25点・・・ ②収/雨・・・③荷/明日水曜休み・・・ ④作/駅火曜荷揚げ☚あしたも営業があるんだって。だから揚げず・・・⑤他/ゲンタ風呂釜取説取りに来、放大学費払い込み・・・】です。

きのう何した?【麦ふみ、庭片付け、ナバナ追肥、管理機組み替え】した。

おととい何した??【やまいフレーム解体撤去、いんげんフレーム収納、ゴボ収穫】

  • なんだか雨が激しく降る。
  • ニュースではそれを促花雨だと言っている。
  • ご近所ではウメが満開だ。レンギョウとかマンサクとかヤブツバキも咲く。
  • オレの方はきょうは農休にする。花のようには咲かない。
  • 寒いし・・・。

きょうの英語::In the news, it says that it is a rain that encourages flowers to bloom.

きょうの四小節::18320///遂に#七つだ!!! でも#八つとか九つとか、八十五個とかはなぜ無いんだろう? なんで七つで止まるの? わけが分かんねえぞ。

・・・。

音階の勉強、ほぼすべて失敗のもよう。出直してきます・・・。

先生がいない、独学の悲しさ、でしょうか。あ~。

 

メモ::言語論的第162番::相撲取りは相撲を取る・またはH₂O(=水)について・情報とはなんだろうか?

情報漏洩とか情報開示とか情報がないとか個人情報とかと云うような場合の「情報」という言葉の使われ方がある。

これは情報科学でいう情報とも違うし、以前定義した、情報とは「すべての感覚的事実である」とも違う。いったい、そのように云われる情報の正体とはなんだろうか。それについて考えるのがこの文の目的だ。

そして情報には言葉が関わるだろうから、やはりこれも言語論の問題である。

情報科学で云っている情報などは言葉の論理の側面を機械(=電算機、コンピュータ)の上にのせたもので、これも言葉に関連している。そしてソフトウエアなどは人工言語によって書かれた一つの文として在るのである。その文が機械の中で働く。言葉のチカラの一面をそこにもみる。

それはそれとして、手始めに個人情報と云われるものの内容はなんだろうか。・・・。

その人の住所、名前、性別、年齢、家族構成、納税額、・・・。など。

しかし、それはその人そのもにではない。その人そのものとは、その人の身体のことだろう(か?)。身体とは物である(だろうか?)。しかし、・・・なのである。

ここで面白い例を思いついた。相撲だ。

相撲取りが相撲をとっているのを見ることがあるが、相撲取りは相手力士を情報化して、その情報に対して自分の身体を適切に動かして、(お互いに)勝ちを得ようとしているのではないか。そう思いついたのだ。

これで、ここで問題にしている情報が何なのかはほぼ全て解けてしまった(気がします)。つまり、ものの認識のことを情報化といい、そうして情報化されたものが情報である。

情報化されたものが情報になる。しかし情報はそれ自身の「身体」を持つ以外にありようがない。それが本であったり、新聞であったり、ラジヲ番組であったり、テレビ放送だったり、ブログであったり、音声であったり、写真であったり、CDであったりする。本も新聞もラジヲ番組もテレビ放送もブログも音声も写真もCDも、すべて物である(でしょう?ここはよく理解してもらいたいところです)。何かしら物の形をもっている。この物のことをメディア(=媒介物)という。メディアなしに情報は存在しえない。

きのう十日町で大火災があったという認識が誰かによってされた。それはたぶん、近所の人➡警察・消防➡多くの人➡報道関係者などだろう。それは何かが「大火災」として情報化されたことだ。それがテレビで動画つきのニュースとして報道される。それをわたしたちは見聞する。

報道されたそのものは現物の大火災ではない。たかだかテレビの画面の中の情報である。それが大火災といっても自分の家が延焼をこうむる恐れはない。その情報がもっている身体性は火事そのものではなく、テレビ放送というものだからだ。

相撲取りも同じことをしている。ただし、相撲取りは相手力士をその場の即座に対応すべきもの(=相手力士)として情報化している。その情報化する仕組みは日々の稽古の中で非言語的に訓練される。言語化などはしない。十日町の大火に対する消防士のする火災の情報化との類似性を指摘しておきたい。テレビ報道関係者は消防士のような情報化はしない。

問1::情報化のうち、なにが言語化される傾向をもつか?

問1-1::言語化されないが、情報化される例をあげよ。 答え::絵、写真、録音、カニかまぼこ、プラネタリウム・・・など

問1-1-1::カニかまぼこの情報について述べよ。 答え::カニかまぼこはカニの身ではないが、かまぼこにカニの情報を載せている。味覚については、やはり情報を運ぶもの(=メディア)として食物が用いられることに注意せよ。

問1-1-1-1::カニかまぼこでは、なぜそんな情報生産が行われるのか? 答え::かまぼこをより高く、量多く売るため。

追記::問2::水はH₂Oだと教わった。H₂を一人の相撲取り、Oをその対戦相手に見立てるとき、H₂とOは互いに相手を情報化しているとみることはできるか。そういう物理の世界にも情報・情報化を拡張して考えることができるか?

問2-1::無意識の世界にもj情報は拡張できるか?

問2-1-1::そのときの情報は誰のものか? H₂にもOにも意識は観察されていないが? 答え::水をH₂Oとして観察している特定の物理学者(化学者?)のもの。その情報が交換されてわたしたちまでも水はH₂Oだと言い出す(しまつだ)。

問3::相撲取りは対戦相手を情報化する。その場合のメディアはなにか? 答え::対戦相手そのものがメディアである。

問3-1::認識対象それ自体がメディアでるような例をあげよ。 答え::[自転車]乗り、[綱]渡り、[玉]乗り、[水]泳、[自動車]運転、[スキー]・・・など。

問4::相撲の行司は相撲の何を情報化するか? 審判員ではどうか? 観客はどうか? 相撲解説者では?

問4-1::社会は様々な立場の人によって構成される。対象の何を情報化するかは、その立場によって異なる。それは本当か?

問4-1-1::なぜ社会には様々な立場の人がいるのか?

問4-1-2::その立場を人だけではなく、シカやイノシやサルにまで拡張することは妥当か?

問4-1-3::植物や無生物にまで拡張できるか?

問5::認識対象から分離された情報が、その情報自体の身体(=メディア)を与えられたもの(例;小説、記事、論文、宣伝、番組、ネット情報、歌・・・など)はなぜ作られるのか? 答え::交換資源として有用だからである。もしあなたがのぞめば占い師はあなたを占うだろう。このことを見よ。占い師はあなたについての情報をなぜ作ったのかを考えれば、情報一般がなぜ作られるか分かるだろう。あなたから二千円の占い料が得られるからである。または希望を持ったあなたの顔が見られるからだ。

問5-1::言葉の性質として「交換資源として有用な情報を作りやすい」ということを考えてみてはどうか。それは言葉の本質に関わるか?

問5-1-1::言葉に本質(=「~とは・・・である」と記述されるようなもの)はあるか?

問5-1-1-1::「~とは・・・である」とは「~=・・・」であることか?

問5-1-1-1-1::その場合、なぜ「~」と「・・・」が別の記号として存在するのか?

問5-1-1-1-2::等しい(=)とは何か?

問6::認識対象から分離され、それ自身のメディアに乗った情報を使って、元の認識対象を操作することは可能か? 答え::情報の性質による。

問7::「わたし」は情報か?   答え::情報である。

問7-1::そうだとすれば「わたし」とは何を情報化したものか? 答え::相撲の場合、対戦相手を情報化して、その情報に対処するわけだが、相手を情報化して相撲をとってるこちらを情報化したものが「わたし」である。したがって、「わたし」として何かが情報化されていなければ、相撲それ自体が成立しない。

問7-2::「わたし」が情報だとして、そのメディアはなにか? 答え::不明である。少なくも単独の身体ではない。身体は環境と繋がって在るからである。その環境の全体が何なのか、不明であるからだ。

問8::【物、意識、認識、情報化、情報、わたし】などはすべて言葉である。それは本当か?

問8-1::情報における嘘と本当はどう見分けることができるか?

問8-1-1::情報としての「嘘」の有用性とはなにか? 答え::虚構を構成できること。

問8-1-2::情報としての「本当」の有害性はなにか? 答え::虚構を傷つけること。

 

まとめ::①物は情報としてしか認識されない。物そのものに触れることはできない。触れていると知るなら、その知はすでに情報である。②情報は物としてしか存在しえない。その情報を乗せる物をメディアという。③情報がもと在った現物と、そこから取り出した情報は同居する場合と、分離する場合がある。④無意識の世界でも物の反応としての情報を考えることが可能である(ようにに思われる)。しかし、それをそう見ているのは意識である。意識とは認識である。認識は情報である。⑤「わたし」も情報である。しかし、それは何を情報化したものなのかは不明だ。

以上