日別アーカイブ: 2018-04-30

きょうの予定は?【①出/駅35点、配達(ライ全粒25、ユキチ全粒50)・・・②収/ふき、ごぼ、るばぶ・・・③荷/ふき、ごぼ、るばぶ・・・④作/苗管理(トマ発芽管理☚出始めた。徒長はさせないぞ。)、トマフレーム解体(☚継続作業中)、、製粉(ユキチ50)、育苗プール整備(☚早く使えるようにしろ!ばか!☚使い始めた。整備した。)・・・⑤他/・・・】です。

きのう何した?【①出/駅35点②収/ふき③荷/ごぼ、ふき④作/ヒラノさんちの伐根・整地(ユンボ仕事)、精麦60㌔、ライ麦製粉25㌔、⑤他/資材調達(やまいネット)】でした。

  • ちょっと筋肉痛がする。
  • 日々よく働いているので痛みも気持ちいいい。
  • 痛みといっても頭痛や腹痛ではないんだ。
  • 心痛?
  • あるような無いような・・・。

わたしが痛みを感じる、という文ををひっくり返して、痛みがわたしを感じている、としてみてはいかがでしょうか? ひっくり返した文に何か意味を感じられますか? 「わたし」ってそういうものかも知れませんよ。ここで言う「痛み」は代替可能です。寒さにでも暑さにでも旨さににでも苦さにでも、何でもない、にでも。

それなくて、何ぞわたしか、ってわけです。わたしが、何でもない日常を感じているのではなく、何でもない日常が、わたしをそのようなものとして作っているのだ。わたしとはそういうものだ。というわけです。そういえば、そんな気もします。

これには元ネタがあって、それは『冷やした左手と温めた右手問題』です。この両手を握ったとき、わたしたちは暖かさを感じるのか冷たさを感じるのかという(心身)問題です。暖かさも冷たさも感じられるそうですが、同時に暖かさと冷たさは感じられないれないんだって。どっちか一方。スイッチはできる。

わたし=左手、痛み=右手、としてみた発想でした。オリジナルはメルロ・ポンティだ(と教わりました)。

通常、わたしたちは、「わたしが痛みを感じている」としか事態を言語化しません。それをひっくり返して「痛みがわたしを(そのようなものとして)感じているのだ」という事も可能なのだとメルロは教えています。

オレ、メルロが好きです。どうして彼は物事をこんな風に考えることができたのでしょうか?

 

きょうの英語::Why don’t you try to turn over the sentence that ” I feel pain”?  Then you get a sentence “the pain feels me”? Can you find some sense in it?  “I” might be such thing I suppose.

きょうの四小節::18430///「浪曲子守歌」の切れ端

もう疲れちゃったので、チョット歌ってごまかしました。