月別アーカイブ: 2018年5月

きょうの予定【①出/・・・②収/・・・③荷/・・・④作/トマフレーム手入れ(けれん、錆止め入れ)☚4/6まで完。5/6から6/6まで続き、トマフレーム建て込み(段取り;発電機(アキヒ借り物)、ドリル、ばかスケール、建て込み開始)どこまでできるか?/23列のうち、苗管理(4/23もの、5/1もの苗管理(水やり、鉢間ひろげ)、ゴボ畑除草☚途中、ネギ畑づく同植え付け開始り☚途中・・・⑤他/・・・】です。

  • なんだか仕事が遅れている気がする。
  • ひどく焦っている。
  • 余裕なんかない。

そこへコクゾウ虫。今朝は麦袋に二頭たかっていた。すぐ油箱を当てがって駆除した。泣き面にコクゾウ虫。

きょうの英語::I can not afford to do so.

きょうの四小節::18531///モモイロトイキを譜に書いてみる練習

いま聞いている音(メロデー)であれ、記憶にある音であれ、それを譜に書くということはあり得る。創作する場合などでは、頭の中にメロデーを思い浮かべてそれを書くなどもそうである。

その逆に、まったく聞こえていないし記憶にもないし創作するわけでもないが、書いてしまって、事後的に(=書いてしまってから)それを聞き、記憶し、創作したなどという経験もしている。

書くということはそういうことも可能にする。別に頭の中に(=意識の中に)音があらかあじめ在る必要はない。楽譜の上に一音を置くと、そこから音が続いて出てきてメロデーになる。そういうこともある。

何を考えているのかさっぱり分からないが、ともかく(文を)書いてしまって、事後的にそんなことを考えていたのかと知るようなものである。オレのこの日記なんてほとんど書いてしまって事後的に自分が何を考えていたのかを知るのだ。ここに書いているようなことが頭の中に初めからあったら、日常生活に不都合をきたすだろう。

通常アタマは空っぽだ。出たとこ勝負。そうしておかないと危ないのではないでしょうか。ガウディなんかサグラダアファミリアのことで頭が一杯だったから電車に撥ねられて死んじゃった。出たとこ勝負に負けた。

きょうの予定【①出/・・・②収/・・・③荷/・・・④作/トマフレーム手入れ(けれん、錆止め入れ)☚4/6まで完。5/6から6/6まできのうの続き、トマフレーム建て込み(段取り;発電機(アキヒ借り物)、ドリル、ばかスケール、建て込み開始)、☚☚雨、降ってもうてでけんかった・・・、苗管理(4/23もの、5/1もの苗管理(水やり、追い播きもの鉢上げ、キウリ・ナス・ゴヤ鉢上げ)、ゴボ畑除草☚途中、ネギ畑づく同植え付け開始り☚途中、植穴堀器の制作(雨なのでこれをやった)・・・⑤他/・・・】です。

  • 麦の袋に今朝は一匹(ホントは害虫は「一頭」というらしいが、ホントのことを言ってあなたにバカにされるのも叶わないので、内包的な一匹にしてみた)も見ない。
  • やはり、季節のある一日に大挙してやって来るんだと思った。

先を急ぎますので、名残惜しいが、じゃあ、これで・・・。

きょうの英語::It’s regrettable because I’m in hurry ahead, so then I have to say good by now with this.

きょうの四小節::モモイロトイキのメロデーを書いてみよう

記憶をたよりに書いてみています。A#とA♮の繰り返しが気に食わないですが、そうしなければ記憶にあるメロデーになりません。

何かがオレ、掴めていないんだと思うんだ。でも、それがなんだかは分からない。

きょうの予定【①出/・・・②収/・・・③荷/・・・④作/トマフレーム手入れ(歪み取り、けれん、錆止め入れ)、トマフレーム建て込み(段取り;発電機(アキヒ借り物)、ドリル、ばかスケール、建て込み開始)、苗管理(4/23もの、5/1もの苗管理(水やり、追い播きもの鉢上げ、)、不耕起畑マルチ張り(10/12から12/12=完成まで)、ゴボ畑除草☚途中、ネギ畑づくり、同植え付け開始・・・⑤他/・・・】です。

  • きのう一日コクゾウ虫と戦った。
  • いまはその密度が三分の一くらいに減ってる。ほとんど見なくなった。
  • そうするとやっぱり外から麦の袋めがけて飛んでくるように思う。それも、季節のある一日に集中するのかもしれない。
  • 袋の中には絶対入れないって気迫でやっているが、なにしろ相手は細いものなのでどう出るか分からない。

ということもありながら、今日からトマトのフレームの建て込み作業に入ります。このマルチを張った畑に建て込んでいくんだ。苦しい仕事さ。ひえ!

畑は不耕起畑です。通路に茶色く見えるのは土ではなく、粗大有機物=モミガラとライ麦の茎をHKnMで砕いたもの。ここにコヌカ、骨粉、苦土カル、石灰窒素をふりかけてあります。分量は秘密です。この土づくり、けっこう自慢さ。「不耕起土ごと発酵」と呼ばれる土づくり技術です。畑にはたくさんのミミズがいます。この景色を好みます。

きょうの英語::There are many earthworms in the ground.

きょうの四小節::18529///モモイロトイキでおべんきょう あ、ふ~

民族音楽の専門家がフィールドワークへ行って何かを採譜するような場合どうするのだろうか? ボイスレコーダを使えばその場にある音をそのままコピーできるが、採譜というのは①現実の音を聞く➡②それを記憶する➡③記憶したものを書くという手順ではないか?

それとは違う、たとえば、ウグイスの「ほ~、ほけきょ、けきょ、けきょ」などは採譜できるものなのか?

そうしてみると楽譜には何が書かれているのだろうか? 音楽が楽譜として書かれることと、楽譜から音楽が再生されることとはどういうことなあのだろうか?

 

 

 

メモ::言語論的第166番::日大アメフト部ミヤガワ君の「反則タックル事件」にみる言葉の問題

これは言語論として、ちょっと放り投げておけない。言葉と行動と、それが引き起こすゴタゴタについてのいい例であるからだ。ここで言葉がどう働いたかを押さえておけば、言葉が何なのかについての認識が幾分でもしっかりしたものになるだろう。そうすれば少しは言葉の世界を生きやすくなるはずだ。

ミヤガワ君が関西学院のA君にしたタックルは、反則である。A君はボールを持っていなかった。ボールを持っていない者にタックルをかけるのは反則だ。このタックルによってA君は怪我を負った。ミヤガワ君はその行為を悔やんだ。

ミヤガワ君がこの反則をしたのには監督やコーチからの「QBを潰して来い!」の言葉が効いているのである。オレが同じことをミヤガワ君に言っても彼は絶対に同じことをしない(はずだ)。

監督やコーチの言い分は「QBを潰して来い!」とは言ったが、それは大いに奮闘して来いという意味で、QBに反則をかけ怪我をさせろと言ったのではない、ミヤガワ君が誤解したのだ、である。つまり「いや💓! いや💖~ん‼、やァ~❥だ!」と、言葉は「いや」でも、好きってことさ、と同じ論理の言い分だ。

言葉は、現実の中で、誰がそれを言うかが問題なのである。現実から切り離された言葉など、なんのチカラもない。しかしどんな言葉であれ、たとえそれが内言であっても、それが言葉であるかぎり使用されるのは現実の中でしかない。辞書に「愛」という言葉の意味を調べにいくとき、ひろげられた言葉「愛」は辞書をひろげているあなたの現実の中にある。ついうっかり「現実から切り離された言葉」と言ってしまったが、現実から切り離された言葉というものは存在しない。言葉は現実の中で使用された時のみ現れる瞬間的なものである。あなたがこれを読んでいるとすれば、読んでいるその現実の中にこの文(言葉)は現れるのであって、風呂に入りに行ったあなたには別の言葉が現れ、この文は姿を消すだろう。「あ~、いい湯だ・・・」なんてね。

では現実とは何? 言葉のある現実とはなにか? なぜわたしたちの現実には言葉があるのか? ミヤガワ君はこの現実の中にあった言葉:「QBを潰して来い!」にやられてしまったのだ。

 

(書き継ぎ中)