日別アーカイブ: 2018-05-17

きょうの予定は?【①出/駅15点・・・②収/・・・③荷/ごぼ、にんじ・・・④作/ゴボ畑除草(☚浅耕解土、あまり効果を感じない。今日は草削りを使ってやった。補植もしてみた)鉢の土詰め(1440/2200から~2200/2200まで)、4/23ものトマ苗鉢上げ(昨日の続き)、5/1もの苗管理(温度・水);底面給水)、とまフレーム解体(☚継続作業中)、トマ畑切り出し準備(ピン打ち)・・・⑤他/・・・】です。

  • 底面給水。
  • 5/1播きのトマの発芽が良くないのは、種の水管理の仕方が、上からの給水だったからではないのかという見当になった。
  • 上から給水すると覆土が動いてしまい、種に光が届く。この光が発芽を妨げているのだという見当である。(::これは全ての種で言えることではなく、ゴボとかニンジなどでは逆に発芽にある程度の光を必要とする。)
  • いま、5/1ものは再覆土して全て底面給水に変えた。出始めてきた。
  • 底面給水をするためにはプールを作るとか、舟に水を張ってドブ漬けするとか、流しにみずを貯めて漬けるなどである。
  • そこを油断して、のめしを決めて上から給水にしてしまった失敗だろう。
  • 4/23ものの方は発芽率が90~80㌫の範囲である。
  • 目標は全て90㌫越えだ。
  • できると思う・・・。
  • おじさん、がてみる・・・。ガバ!

だけど日本語で「ん」とか、小っちゃい「っ」ってなんなんですか? 「がばてみる」では何でいけないの? 言語習慣か? 言葉ってそういう、何だか訳の分からない習慣の束ですよね。 つまり何の根拠もないが、そういうものとして流通していて、変えようがない。 そういう強固な習慣の束。 この強固さが言葉にチカラを与える。 つまり社会的になる。 偽札が許されないのに似ていませんか? これも「恣意的」って云いますかね。

きょうの英語::I’m old man, try to work hard!

きょうの四小節::18517///和音の勉強

音楽のシキタリを知らないオレってことだ。きのうのA♭の♭のつけ方が間違っていた。Aに♭を一度つけると、そのAフラットがある一小節の、それ以後のAには全部♭効果が及ぶんだった。小節を超えるとその効果は消える。そういうシキタリだった。すみません! m(_ _”m)。

音楽理論とかなんとか言ってるが、要はシキタリだ。キリスト教徒がアーメンと言いイザヤ書を読み、仏教徒が無阿弥陀仏とか何妙法蓮華経とか言って大般若経とか法華経を読み、イスラームならアッラーアクバルって言ってコラーンを読むようなもんだ。シキタリを覚えて「音楽教」の人になるってことだ。そういうことだ。でしょう? じゃあ、音楽教のご利益ってなんなのさ? 音楽教師ならメシの種だろう。じゃあ、オレは?  ご利益なしきゃ?  そんなことナイ!

というわけで、今日は【A♭C♯E#】の和音にしてみた。これでA~E間の距離が完全五度→増五度→重増五度と変えた三種の譜を作ってみたってわけ。

上の譜、臨時記号のつけ方が、まだ間違っている。たとえば一小節め。C#を二音めにつけているのに、六音めにもまた♯を付けてる。これは要らない。MuseScoreでは、こう付けても出てくる音はC#で一小節通る。六音めがC##(=D)にはならない。せめてものスクイ。