日別アーカイブ: 2018-05-22

きょうの予定【①出/小麦全粒配達50㌔・・・②収/ボンゴ ☚(今季最後のゴンボの収だ)・・・③荷/ボンゴ・・・④作/苗管理(4/23もの、5/1もの)、精麦60㌔・製粉50㌔、トマ畑マルチ張り開始(段どり)・・・⑤他/・・・】です。

  • よ~し!
  • そう言ってみた。
  • だけどこのように「よ~し!」と言うことはムラカミハルキが書く『かえるくん、東京を救う』が物語であるのと同じ意味で物語なのだろうか、と疑問に思う。
  • オレとしてはこの「よ~し!」も同じく物語だとしたいです。
  • そう思うんじゃなくて、そうしたいんです。
  • したい、とは欲望である。
  • じゃあ誰がそんな欲望をしているんだ?
  • それはオレじゃあないんだ。オレの中に入ってきた誰かがオレにそう欲望させているんだ。
  • そういうものの見方です。
  • よ~し!という掛け声や、おはよう!という挨拶さえ、そのように言葉を発すればそれはすでにそういう物語をしたということであって欲しい。オレはそう欲望している。
  • そうすると、わたしとは、そのように物語する者のこととなる。別にムラカミハルキでなくたってよくなる。ほぼすべての人がこうして物語する。
  • そこに、そのように物語るわたしがうまれる。
  • それがわたしだ。
  • そうい筋書きを生きてはどうか。

なんだか世の中セクハラとパワハラとモラハラと政治スキャンダルばかりですね。「ばかり」とはマスメディアがそれを多く報じるということです。その理由は、それに関わる人たちが食って行くためでしょう。つまりそれをニュースにして報じれば食って行けると踏んで、そのようにしてくるという一種の賭けだ。ニュースを受け取るわたしたちは、この意味で彼らが仕掛ける賭け事の当事者にされる。この賭けで勝つためのわたしたちの資源は「それに関わる人たちが食って行くためにやっていて、賭けの相手としてわたしたちは引っ張り出されるんだ」という認識でしょう。アイとか正義とか公共とかではなく、彼らが食って行くためだという下世話な認識です。どうでしょうか? もちろん、それとは関係なくアイや正義や公共があることは認めたうえでですが。なにはともあれ食わない事にはヤッテいらんないよ。その為に歓心を引こうとする賭けだ。そして、その賭けでわたしたちはだいたい負けまっす。ついつい見たり聞いたりして泣いたり笑ったり怒ったりする。それが負けの印。負け印ハンコ、ぺたっ!

きょうの英語::I desire it.

きょうの四小節::18522///「咲かせて 咲かせて 桃色吐息」で

こんなふうにメロデーを書いてみました。

音階と和音の勉強をしてきたので、これを使って更に勉強したいです。

更に何を勉強したいかと言うと、一オクターブの中には音が十二個区別されていて、そのどれを主音にしても音階(短音階または長音階)が作れるとのことですが、上のメロデーの主音を次々変えてみたいのです。

これは「変調する」という操作のようです。

よく「キーを二つ上げてください」だの「ちょっとキーが合わねえなぁ」なんて言うときのキーって、きっと音階の主音のことを言っているんじゃあねえかって見当をつけてのことです。

明日っからそれをやってみるです。それが出来るようになれば自分の歌いやすいキーもみつかるのではないか。そんなことも狙っています。