日別アーカイブ: 2018-09-11

きょうの予定【①出/・・・②収/(とま・なす・きうり・はなおくら)☚QnS“(-“”-)”猿(_ _*)/・・・③荷/・・・④作/植え付け(はくさい ☚一回めのみ・にんにく)、トマ畑(つる捻転・下葉落とし・誘引・芽掻き)がまだ続く。ぜんぜんおわってない。はげもう。☚猿(_ _*)/QnS“(-“”-)”、除草(グリホ・HKnM)。・・・⑤課題/畑抑草、う~・・・⑥他/う~・・・】

  • ・・・。

きょうの英語::Sagrada Familia is the design of Antonio Gaudí.

きょうの四小節::聴音採譜;きのうの続き;音源=『高橋真梨子;「 for you」』から

歌を聴いて、その調が何なのかを当てるにはどうしたらいいんですかね・・・。調が分かるとその調のダイアトニック和音が分かるんだけど・・・。オレ、まだできねえんだ・・・。

きょうの漫画::

海の絵は描けるが、それが特定な海、たとえば太平洋だとかアドリア海だとかを描くことはできないように思われる。

建物の絵を描いて、その建物をサグラダファミリアにしたら、それは建物であり、しかもサグラダファミリアでもある。アドリア海は描けないがサグラダは描けるのである。

言葉と絵はどう関連しているのだろうかと考え始めた。

絵はもしかすると見る人にとって文字と同じなのかもしれない。ここに描いた絵は建物であるが、この建物の所有者なら「クソ!オレの家かきやがって!」と、その建物を「オレの家」と「読む」だろう。文字だって同じで読める字もあれば読めない字もある。

絵描きが海の絵を描いたらそれをアドリア海と読む人がいてもおかしくない。絵描きが意識するしないにかかわらず、その海にアドリア海以外の何物でもない特徴を描き込んだ場合、その海をアドリア海と読む人がいることは予想される。

サグラダファミリアだってそれを知らない人にはちょっと変わった建物の絵にすぎないではないか。

そういうことで言うと抽象画って何になるのか。逆にどんな具象画だって地球にはじめて来た宇宙人にとっては抽象的なはずだ。

::上の絵の議論を踏まえ「感覚的事実」を言語論的に論ぜよ。感覚的事実とは目にみえるもの、耳に聞こえるもの、体に触れるもの、鼻に匂うもの、舌に味するもの、身体の痛み・快感、各種感情、心にもやもやするものなどの総称とする。