日別アーカイブ: 2018-10-28

  • きょうの予定【①/駅(30点)☚猿:\(_ _*)/、・・・②/かき・きく・ぎんなん☚QnS“(-“”-)”・・・☚③/とまと・きく・ぎんなん☚QnS“(-“”-)”\(_ _*)/、 ・・・④作/麦畑(種まき☚2/5からのつづき)☚猿:\(_ _*)/柿むきつるし☚QnS“(-“”-)”・・・⑤課題/収穫(かぼちゃ・こんにゃく・とうがらし・ごぼう・やまいも・さつまいも・いちじく・ゆりね)、種まき(年内じゃがいも春一番どり!・年内ゆりね種根植え芽生え時マルチ)、農園(電柵整備)、う~・・・⑥他/・・・】

 

言語論166

  • サウジアラビアのジャーナリスト、=カショギ君が殺され、日本のジャーナリスト、=ヤスダ・ジュンペイ君が解放された。両者ともジャーナリストだ。つまり両者とも言葉に関わる者である。
  • ヤスダ君がIS(?)に拘束された理由はともかく、カショギ君はその言論ゆえに殺されたと言える。
  • 人はその言葉づかいが「悪い」と殺される場合がある。歴史上にも数えきれないほどの人々がその言葉づかいのゆえに殺されてきた(だろう)。ソクラテスがそうだったしキリストもそうだった。ジョルダーノ・ブルーノがそうだしコバヤシ・タキジもそうだ。この日記では上記四人は言葉づかいによって殺された者の代表になっている。オレがしてるんだけど・・・。
  • なぜ人は言葉づかいで殺されることがあるのか?
  • 理由は簡単だ。
  • 言葉が意味を生成し、おなじく言葉が意味を傷つけるからである。
  • 意味は言葉によって担われる。そしてわたしたちは意味の世界を生きている。
  • 決して客観的な物質の世界などを生きていない。
  • 『客観的な物質の世界』って、それ自体が言葉であることに唯物論者は気づくべきだ。いや。徹底して唯物(論)にすればわたしたちは客観的な物質の世界などを生きていないことを最も知る立場にあるのが当の唯物論者のはずだ。☚(このことについてヨウロウ・タケシが二宮尊徳の「薪を背負っての読書」を例に面白いことを言っているので引用紹介しておく。その論旨=『・・・』)
  • ・・・

忙しい。また後で。

きょうの英語::A person may be killed when the one’s words usage is “bad”.

きょうの四小節::吟遊れんしゅう::「いつも何度でも」で

はじまりの朝の しずかな窓 / ゼロになるからだ みたされてゆけ / 海のかなたには もう探さない / かがやくものは いつもここに

きょうの漫画::コピーで練習::「ゴリパパ一家」から

 

漫画っていいよ。直截で。その技術、身につけたいなあ・・・。