きょうの予定【①/駅(26点)・・・②/とまと・きく・こまつな・・・③/とまと・ぎんなん・・・④作/トマ畑(青玉取り・雨よけ片付け☚4/12)、・・・⑤課題/収穫(かぼちゃ・ごぼう・やまいも・ゆりね)、種まき(年内じゃがいも春一番どり!・年内ゆりね種根植え芽生え時マルチ・ふき畑移動・にら移植)、農園(電柵整備)、家(二階リホーム)、う~・・・  ⑥他/・・・】

  • ・・・
  • 天道説が地動説にかわっても、主体(わたし)が他者(あなた・かれ・かのじょ、その複数形)と入れかわっても変わらないものってな~んだ?
  • 日常生活!
  • そんなものがかわったって何にも困らない。まいにち暮らしていける。かわる前と後でまったく同じだ。
  • 日常生活をかえるのは、その生活資材を生産する技術が変わるときだ。
  • それは二宮金次郎が薪運びをしながら本を読んでいるときの、薪運びが、日常生活にあたり、天動説や地動説や主体や他者が、読んでいる本にあたる。

・・・。なんのこっちゃか・・・。

モギ・ケンイチロウってやっぱりくるくるぱーなんじゃねえかってオレも思うようになりました。だって脳科学者でクオリアの研究してるっていいながら、もう二十年も研究休暇なんだって。そう本人が言ってた。クオリアは科学の問題じゃねえってのがベルクッソン以来の大方のテツガク者の結論だもんね。

ものの知り方には科学の知り方とテツガクの知り方の二つがあり、科学の知り方は知りたいものを対象として取り出して眼のまえに置くのに対し、テツガクの知り方はその対象と一体化して、その一体となった全体の運行を知る知り方だって教わったぞ。

歯が痛いのがオレの身の上に起こるのか(歯痛をクオリアとして知るのか)、「歯痛って何?」と対象化して知るのか(知るひとに歯痛のクオリアはない)のは違うってことだよね。

くるくるぱーですかねえ・・・ヤッパリ。でもうまくやってる。って感じはします。すごい才能です。てんさい。

でもモギの言ってることをあまり真に受けない方がいいと思う。受けたとしてもモギの言ってることは二宮金次郎(尊徳)の読んでいる本に書いてある言葉だってことで、運んでいる薪とは無関係だと心得るべきです。運んだ薪で暖をとったり煮炊きして暮らしていくわけだから、生き死には本に書いてある言葉とは関係ないんだ。にもかかわらず金次郎が本を読むのは何なんだってことさ。その銅像が小学校の校庭に置かれることの含意はなんだってことさ。勉強が大事ってこと?そんなんじゃねえよ。

皆さんはそんなんで気が狂ったりなさいませんように。でも、狂ってくるくるぱーじゃなくて正気でくるくるぱーにはなりたいとは思いませんか?そこにはあなただけの快楽があるはずだ。あなただけの快楽のクオリア。あなたの歯痛みたいなもの。

きょうの英語::The change in everyday life is when it is changed  that the producing technology of the materials which consist our life.

きょうの四小節::メロデーづくり

 

きょうの漫画::近所の「紅葉」のスケッチ

 

だめだ・・・。下手すぎ・・・。絵なんか描けるようにならねえ・・・。絵に色気がねえ。