月別アーカイブ: 2019年5月

きょう何した?【①/駅(20点)・・・②/(ごぼ)・・・③/・・・④/苗管理(金曜防除開始)・旧トマ畑(フレーム倒し・同点検/けれん/錆止め開始)・新ごぼ畑(初期除草)・・・⑤懸案事項/・・・⑥/市資材調達(マイカ線・グリホ・錆止めP)・・・】でした。

  • きのう『物理学者自身がその「身に覚えのあること」を通して研究し語っているではないか』と言った。
  • その専門家である物理学者(天文学者でも同様です。物理学者は「科学者」の換喩です)にとって「身に覚えのあること」は、われら素人にとってはちっとも「身に覚えのあること」ではない、ってことが普通だ。
  • 専門家には特異的に「人工的な感覚器官」が配分されるからである。
  • 「人工的な感覚器官」とはかつての望遠鏡とか顕微鏡とかからはじまって、現代の加速器とか電波望遠鏡とかMRIとかを経て、いまやどこまで進むのか分らないくらいのものだ。
  • かつてガリレオはその望遠鏡を使って『木星の惑星イオ、エウロパ、ガニメデ、カリストを発見した』。それを感覚したのだ。望遠鏡を使って。
  • 『レーウェンフックは顕微鏡を使って微生物(1674年)や精子(1677年)を発見した』。顕微鏡でそれらを感覚した。れ。
  • そうした「人工的な感覚器官」が専門家に配分される。最近では「カミオカンデ」なんていう「人工的な感覚器官」が話題だった。その親分のコシバさんはそれを使ってニュートリノを発見して(=感覚して=「身に覚えのあること」にして)ノーベル賞をもらった。弟子のカジタさんも何年か遅れてノベル賞にあずかった。
  • 専門家はそういうものを通して「身に覚えのあること」を特異的に獲得する。
  • 社会経済的格差がこのところ話題だが、すでにガリレオ、レーエンフックの時代から根本的な格差が専門家と素人の間にはじまっていた。それは感覚能力の格差である。

 

  • 誰でもが専門家になれるわけではない。教育制度を通して選抜されたものが専門家になるからだ。日本だと東大とか京大とか早稲田慶応なんかの学生になるのが手っ取り早い。外国のそれなりの大学などに留学したりすればもっとよい。そういうところから専門家は選抜される。
  • 専門家になることは相当きもちのいいことらしい。つまり幸福なことらしいのだ。
  • ・・・。

またあとで・・・。

きょうの英語::Which is the better food for dogs, meat or fruit? / The meat is. The meat is a better foods for  the dogs.

きょうの四小節::歌ってごまかし『生れたところを遠く離れて』::歌詞の順をちょっと変えた。

生れたとこE7ろを 遠Amく C7離れて 歌D7G7 / Dmどこの Am町でも Dm聞かせてやCるさC7  / だけど おまえAmにゃ E7どうせ わかAmるまC7い / 鉛F色の その目D7じゃAm

 

きょうの漫画::『牛乳を注ぐ女』の壁カゴと水筒部分の修正

 

だめ! できません! 体力限界だ! 寝ます!

きょうの予定?【①/・・・②/(ごぼ)・・・③/(ぶろこ)・・・④/苗管理(水やり)・旧トマ畑(フレーム解体(誘引ひも/セパ/胴差し/棟木落とし・フレーム倒し)・フレーム点検/調整・錆止め入れ)・新ごぼ畑(初期除草)・旧ごぼ畑(収穫溝切り)・・⑤懸案事項/(いろいろある)・・・⑥/・・・】です。

きのう何した?【①/駅(25点)・・・②/・・・③/(ぶろこ)・・・④/苗管理(水やり)・旧トマ畑(マルチ敷き込み9/12から12/12まで)・新ごぼ畑(初期除草)・旧ごぼ畑(収穫溝埋め戻し)・・⑤懸案事項/(いろいろある)・・・⑥/QnS:ブロコ配など・・・】でした。

  • 体もだいぶ肉体労働に馴染んできた。
  • この調子ですっ飛ばしたい。
  • と言ってもオレは七十の老人なのだが・・・。

 

  • テレビなどみていると、その七十からマラソンを始めてシニアの世界記録を持つ八十二の女子などが紹介されている。世界記録といっても四時間くらいだったが・・・。そういう意味ではたいしたことがない。
  • 紹介していたのはNHKだった。だからどうしてもメディア問題になってくる。NHKは日本で最有力な(マス)メディアだ。そのNHKがその名を知らせた。顔も映していた。
  • それがどんなメディア問題かというと「名もなく貧しい者の幸福」の問題だ。
  • NHKで紹介されたりインタヴューされたり講演を頼まれたりすれば、その瞬間からその人は「名も無く」ではなくなる。
  • そういう「名を得た人」を参考にして「名も無い自分」の生き方を決めることはNHK(つまりメディア)に踊らされていることにならないのかという問題である。
  • 「名を得た」とはNHKの手によって、その人にわたしたちの「視線を送った」、わたしたちの「視線を誘導された」ということである。
  • そして、その視線をNHKは番組作りの方向性によってコントロールできる。「マラソン世界記録八十二歳女子」では「七十からだってこんなにできますって!」と紹介していた。だから、われら七十台の者にもまだまだ「できる!」と思わせる。
  • そのNHKの誘いに乗って大丈夫かや?って問題だ。

 

  • NHKの職員や関連会社の人たちが食っていくためには視聴者をそのように「おどらせて」なんぼのものだろう。
  • 大声で言えないのだがオレなどはかなりNHKに「おどらされて」いることを白状します。・・・とほほ。
  • その仕組みは戦前の新聞(つまりメディア)となんら変わらない。
  • イスラエルなどでは何とかという新聞が無料で配られていて、それが現政権を肯定する記事を常時載せているときく(高橋和夫)。NHKは視聴料を取るが、何かそれと似ていないか。
  • 「マラソン世界記録八十二歳女子」の場合は「客観的事実」をつなげて番組を作っていた。だから文そのもので、その女子がすごいと言っていたわけではない。
  • (・・・言ってました『この人スゴイ人です!』って。スミマセンm(_ _”m)。

 

  • が、ここで「マラソン世界記録八十二歳女子」をNHK(メデイアの換喩)が報道する動機の理解として、隠喩と換喩と提喩と寓意に注意しよう。
  • 世界がどうなっているかなどは、時間、空間、神、愛、死後、社会、真、善、美などの形而上の言葉を使って語られる。が、それらを理解するときに隠喩・換喩・提喩・寓意が働く。
  • 隠喩・換喩・提喩・寓意などがものの理解を可能にするのは、形而下の日々の経験の記憶の蓄積によってである。その意味で肉体労働は悪くない。
  • また「客観的事実」は十分に隠喩と換喩と提喩と寓意を可能にする。だって客観的とは誰でもが「身に覚えのあること」だからだ。
  • 隠喩・換喩・提喩・寓意とは、その「身に覚えのあること」を通して形而上を理解する仕組みである。
  • 形而上とは概念(概念は「ことば」で表されるしか在りようがない)を使って構築された世界だ。非物質的なのだ。だからそれを「形而上(形あるものの上にあるもの)」というのだ。
  • アインシュタインの特殊と一般相対性理論の理解がどうして可能かをご自身で確かめてみればそのことの納得がいくだろう。ある種の「身に覚えのあること」を通してしかそれは理解できない。
  • 専門家である物理学者自身がその「身に覚えのあること」を通して研究し語っているではないか。

 

きょうの英語::Will more people be glad if it is good weather or if it is bad? / They will be glad if it is good.

きょうの四小節::歌ってごまかし『生れたところを遠く離れて』

生れたところを遠く離れて (詞/曲 浜田省吾) 

生れたとこE7ろを 遠Amく C7離れて 歌D7G7 / Dmどこの Am町でも Dm聞かせてやCるさC7  / だけど おまえAmにゃ E7どうせ わかAmるまC7い / 鉛F色の その目D7じゃAm

きょうの漫画::『牛乳を注ぐ女』の壁カゴと水筒部分の修正

きょうの予定?【①/・・・②/(ごぼ)・・・③/・・・④/苗管理(水やり)・トマ畑(マルチ張り/続き物::4/12から?/12まで)・ごぼ畑(初期除草)・・・⑤懸案事項/(いろいろある)・・・⑥/・・・】でした。

  • ・・・。
  • 体が痛いです。肉体労働者ですから・・・。
  • だけど「労働者」って言っても誰からも給料もらってねえけどなあ・・・。
  • おかしいなあ。

きょうの英語::Were the vegetables you ate bought at a greengrocer’s or at a butcher’ s? / They are from my vegetable field. They were not bought.

きょうの四小節::『Gymnopédies No 1(ジムノペティ No 1)』(1888年 エリック・サティ作曲)の楽譜を読む(4)

コントロールバーを下げられないなあ・・・。できたか?なにか手馴れていない・・・。TAB譜は直せたので直しておいた。こんなことをやって「音楽のベンキョウ」をしています。

きょうの漫画::『牛乳を注ぐ女』の顔の部分の修正

 

うまく行かねえんじゃねえの。こんなことをやって「描画のベンキョウ」をしています。