日別アーカイブ: 2019-05-08

きょうの予定?【①/駅(15点)・・・②/(ごぼ)・・・③/・・・④/(出/荷・苗管理・掃除・やまい畑作り(☚続きから)・ごぼ種まき(追加で)・除草(刈り払い機/除草鎌)・とまフレーム解体(☚続きもの)・・・⑤懸案事項/(いろいろある)・・・⑥/・・・】

  • そうですね・・・。
  • あのう・・・。
  • 名もなく(=無名である、有名ではない、他者の好意的な(「嫉妬を含んだ」でもよい)視線を浴びることがない・・・)、そして貧しい(=金がない、貧乏である、働くばっかりで十分な金が得られない・・・)者。
  • そういう者でも幸福になることは可能なのだろうかとういう問題を自分に突き付け始めたのは最近のことだ。
  • だってオレなんか「金がなく無名なものは幸福になれない」。だから「金を得て人に知られるようになる」ことを「求められて」それに向かって努力した世代なんだよ。
  • 「求められて」と言ったのはそういう社会が元気だったときにその中に生まれてそう洗脳されて実際そう生きる事が適応的なことだったからだ。
  • ところがもう七十にまでなってしまうと、これから金が転がり込むこととか有名になるとかが実質的にありえないってことが見えてきた。つまりその洗脳を言い換えれば「教育は可能である」ことを身をもって、この齢になって知った者であるのだ。
  • そこで「名もなく貧しい者でも幸福になることは可能なのか」という問題が前景化したってわけです。

あなたはそういうことが可能だと思いますか? 何をどうすればいいのかご存知でしたら教えてください。「好きなことをみつけて、それに集中すればよい」なんて答えではだめですからね。

だいたい「好きなこと」はどうしてあなたの中に起こるのか。集中しようにも気が散ってしまってあれこれ手をだしてしまうあなたでもある。なぜかそうなってしまう。その、名もなく貧しいあなたが幸福になるには何をどうすればいいのかを訊いています。

  • うん。
  • 具体的にいうと「ゴッホは幸福だったか?」と問題を立て替えてみてもよい。「カフカは幸福だったか?」でもよい。「サティは幸福だったか?」だってもちろんよい。三人とも(生きているうちは)無名で貧乏だったからだ。名もなく貧しかった。
  • ここにガロアを足しておいてもよい。何しろみんな名もなく貧しく、それで一生を終えたのだ。
  • 彼らの幸不幸を言うことは可能なのかと問題を読みかえて答えをしてください。そこから幸福とはなんなのかのヒントを得たい。
  • あのう・・・アインシュタインとかビル・ゲイツとかは白鵬とかはだめですからね。有名で金持ちなので参考になりませんから。人生の成功者はわたしたちが幸福になるための参考になりません。せいぜいそうなりたいと思って努力して失敗するだけでしょう。
  • 名もなく貧しく一生を終えたが、死後有名になりその名の周りで金が動いた人の実例としてゴッホ、カフカ、サティー、ガロアなどをあげて参照しましたが、わたしたちはもっと切羽詰まっていて、死んだ後も有名になることはなく、その名の周りで金が動くこともない。そういう者が日々を幸福に生きるには何をどうすればいいのかという問題です。
  • 酒飲んで、うまいもの食って、気持ちのいいセックをして、良い家に住み、キレイなべべ着て、仲のいい家族で、長生きして・・・ったって、そうもいかないでしょう。名もなく貧しいんだから。
  • そうすると「名」とか「貧しい(逆の「豊か」でもいい)」とは何かって問題になるのかなあ・・・。

きょうの英語::Do you take off your shoes or keep them on when you enter a Japanese house? / I take them off.

きょうの四小節::作曲「四小節」か「歌ってごまかす」か「詩」でもつくるか・・・

リンゴの唄 詞/曲(サトウハチロー / 万城目正)

 Am赤いE7リンゴに  AmくちびるF寄せてE7  /  DmだまってAm見ている E7青いAm空  /  E7リンゴはなんにも FいわないE7けれど  /  Amリンゴの気持ちは よくわかるE7 /  Amリンゴ可愛や  /  Dm可愛やリE7ンゴAm

この歌の詞には面白い逸話がある。それは高階秀爾が戦後日本でヒットした初めの歌としてこのリンゴの唄をフランスで紹介したときのことだ・・・。

『昭和 20 年 10 月の敗戦直後に大ヒットしたサトウハチロー作詞の『リンゴの唄』に「リンゴはなんにもいわないけれど、リンゴの気持はよくわかる」というフレーズがあります。美学者の高階秀爾氏がフランスでこの唄の話をしたら、リンゴは単なる果実で、どこに「気持」があるのかとまったく理解されなかったそうです。でも、日本人にはよくわかった。わかったから大流行した。これは「こころ」はどこにあるのかと問うとき人間の内面だけではなく、いろいろなところにあるという捉え方ともつながると思うんです。』と鎌田東二が紹介している。

あなたはリンゴにも心があると思いますか? 鏡なんかどうでしょう? 『鏡よ、鏡よ、カガミさん。この世で一番美しいのはだあれ?』と訊くときこの人は鏡にも心があると思っているから訊くんじゃあないでしょうか。これは白雪姫の話だから西洋人一般が「物に心はない」などと思っていないことの証拠になるだろう。「まったく理解しない特異な個人」がいたと見た方がいいのではないか。日本人だってそういう人はいる。オレがそうだし・・・。

ホント「こころ」ってどこにあるんでしょうねえ? 通常は「わたし」に。すこし拡張して「あなた」にも。さらに「彼」や「彼女」にも。・・・。その拡張はどこまで続くか、という問題か? きっとそうじゃあない。もっと歴史的なことだろう。

きようの漫画::何かをコピーしたい::結局身辺スケッチ『活性化センター』になった・・・