• きようの予定は?【①/対面販売(とま・きうり・なす・ぴー。にんに・じゃがい)等☚不要となった。ポスシステムが回復した。回復させたのは「はくしゅう農産物生産者組合」だ。その人たちが「北杜市産業観光部」との取り決めを結び、動いた結果である。人員も組合の方で都合している(らしい)。先ずは一段落。お騒がせしました。・・・/(とま・きうり・なす・ぴー・にんに・じゃが)・・・③/(きうり・なす・ぴー・ずっき)・・・④/出・荷・収・土曜草の日(HKnM・刈り払い機・ぐりほ)・トマ畑(三果房下まで葉掻き☚四日め)・・・⑤懸案事項/いろいろある・・・⑥/「よってけし」ラベルづくり・・・】

道駅出荷が出来なくなってしまって、替わりに農協が「よってけし」出荷の体制を作ったりしている。何かとごたつく今年の夏です。そうしたことを単にローカルな出来事としてではなグローバルな事態の一部として考えることは可能なのだろうか、などと思う。一方ではGAFAが地球規模の経済活動をし、参院選では令和維新やN国が登場し、地球は温暖化、海はミクロなプラゴミであふれ、日本の人口は減少局面に入り・・・、そういうこととの関連で道の駅の閉鎖を考えることは可能か、というようなことだ。むしろ、そう考えないとホントのところは分かんないのじゃないかという勘ぐりだ。

だけど、「そういうふうに考える」ってなにさ?

考える☛言葉を使う☛政治を発生させる☛その政治に従って行為する☛また考える☛・・・。そして、その政治とはつきつめるところ虚構なのだ。人間の生き方とはこの虚構を使ってその生存を有利にしてきた歴史と言っていいだろう。そうして人口は七十数億にまで達し(世界)、平均寿命は八十歳以上にまでなり人口は減少局面に入った(日本)。

政治は客観的事実ではない。虚構だ。この虚構に価値がある。虚構を作るのは人間だけである。そのために言葉が働く。棒高跳びをするのに飛び棒が必要なように、虚構を作るには言葉が必要である。鹿・猪・猿の数が増えたといって、その農作物被害を嘆くが、その増え方は人間のようにではない。食い物が豊富だとか、温暖な冬だったとか、人がいなくなったというような客観的な事実に依存している。

人間の場合その客観的事実も言葉によって虚構として構成する。そうでなければ天動説が地動説に変わったり、時間や空間が運動を記述するための座標から物理的実体に変化することの説明ができない。

PS::(「説明」も言葉を使わずにできない!つまり説明した瞬間にそこに政治が発生してしまう。説明とはそのようなものである。注意すべきはその政治がどういうフィールドに発生するかだ。議会での言論での政治の発生は、詩人の詩の朗読と比べれば、そのフィールドを異にするだけである。政治の発生であることに変わりはない。言葉とはそのようなものだ。)

きょのうの英語::Had we better turn off the light or leave it on in the day time? / ・・・

きょうの四小節::・・・

きょうの漫画::・・・

あのさ~。才能ってこともあるけど、生活習慣も大事だよ。『生活習慣は才能に勝る』って言葉、オレ好きだよ。

ね!そうすると、いい生活習慣を持ちたくなるでしょう? それが言葉のチカラなんですってば。 ある言葉が好き☛そのような政治が発生する☛そのような生活習慣を持つ☛才能以上の利得を得る☛ハッピーになる。そういうチカラの源泉としての言葉。つまり虚構。

例えば、生まれつき歯が丈夫なヒトっています。それはその人の属人性だ。が、いつも虫歯っぽいオレみたいなのもいる。そのオレが歯磨き習慣を持つと、生まれつき歯が丈夫なヒトで歯磨き習慣を持たない人より良い歯だったりする。そうなればリンゴ丸かじりで、しゅわーっとした味覚を楽しめるのはオレの方でしょう。その生活習慣を持つようになったのは『歯なしにならない話』という新聞記事を読んだからだった。新聞記事は言葉で書かれていた。

こんなんでどうでしょうか? 言葉のチカラ。