予定::( ★収穫【なし】 ★荷造り【なし】 ★出荷【なし】 ★その他【▽枯れモミの木(始末)・▽配管(片付け)・▽除草(手・刈り払い機・HKnM・トラクタ・グリホ)】 ★QnS 【淡路島(旅行中)・▽琴(練)・料理・洗濯】 ★  猿きち 【▽笛練「忠実な羊飼い・メヌエット・後半」・▽ピアノ練「東京ブギウギ」・▽絵(描く)・掃除】☜8 ゜04 ´晴れ・風(5m/s)                                               ::(やった!)・ ▽(途中だ!)・ 無印(出来なかった!)

::あさからよ ってしまってお らあもうだ (めだじゅうじじゅう よんののことだ)::  朝から酔ってしまってオラあもう駄目だ。十時十四分のことだ ::

I’ve been drunk since morning,                                                Oh no, I can’t do it anymore,                                                It was fourteen past ten.

 

・・・

同じ話の今日が四日目。

それは家の話だった。家とはいうが、それは一般的には人工物のことだった。人工物は人間のコミュニケイションを通じてしかできないということだ。そしてコミュニケイションは音楽と絵と言葉を使ってしかできない。

そういう結論です。

直観的にはコミュニケイションで作られるのは未来でしかないでしょう。だって、コミュニケイションこそが虚構を作れるからです。虚構は現実には何の役にも立たない。だからコミュニケイションで作れるのは未来でしかないというわけです。過去・現在・未来っていうのも虚構だと思いますが、現実の「過去・現在・未来」と虚構として作られる未来とは別物だと思います。

 

▽笛練「忠実な羊飼い・メヌエット・後半」::100BPMでの練習。

 

 

予定::( ★収穫【なし】 ★荷造り【なし】 ★出荷【なし】 ★その他【▽枯れモミの木(始末)・▽配管(片付け)・▽除草(手・刈り払い機・HKnM・トラクタ・グリホ)】 ★QnS 【淡路島(旅行中)・▽琴(練)・料理・洗濯】 ★  猿きち 【▽笛練「忠実な羊飼い・メヌエット・後半」・▽ピアノ練「東京ブギウギ」・▽絵(描く)・掃除】☜8 ゜04 ´晴れ・風(5m/s)                                               ::(やった!)・ ▽(途中だ!)・ 無印(出来なかった!)

::やのまみは ぶらじるのひと いったこと (ないぶらじるに そうかたるひと)::  ヤノマミはブラジルの人。 行ったことないブラジルに。 そう語る人関野吉晴  ::

Yanomami are Brazilian people,
I’ve never been to Brazil,
The person who says so: Yoshiharu Sekino.

 

・・・

話はきのうの続きで、きょうで三日目だ。家の話だった。

関野吉晴さんは「探検家」と紹介されている。付き合いのある狩猟採取民を助けるには医者になればいいだろうと思い立ったて、成った医者でもある。オレの「家の話」とも関係がある。なにしろヤノマミ族は自然の中にあって人工物と自然物をどう分けているのだろうかという興味がある。ヤノマミの作った家など100%人工物だとわかる。自然に出来た家ってアルタミラの洞窟だったかどうかは疑問だ。なにしろ洞窟の壁には牛の絵が描かれているからだ。

「家」とはいうが一般的には人工物のことである。人工物は「音楽と絵と言葉を使ったコミニュケイション」でしか作れない。貨幣だってそうですよ。

音楽とは聴覚情報のことで、絵とは視覚情報のことだと思ってもらいたい。言葉はこの両者に渡る。聴覚情報とか視覚情報などと言ったのでは何か固く、それの提喩として「音楽」と「絵」を使った。「言葉」は両方に渡るのでそのままにした。オレ自身の趣味も音楽や絵や詩のこととも関係がある。そう言ったほうが体に馴染む。音楽や絵や言葉は毎日やっているし、描いているし、使っていることだからだ。

音楽(=聴覚情報)::赤ん坊向けのあやし声・掛け声・祝詞・歌・合唱・オペラ・交響曲・・・。

絵(=視覚情報)::picture(絵)・painting(絵画)・photo(写真)・movie(映画)・図面・・・。

言葉(=両者に渡る)::日本語・英語・中国語・ラテン語・・・。

またあした・・・。

 

▽笛練「忠実な羊飼い・メヌエット・後半」::100BPMそのものでの練習。                                   できませんでした。

予定::( ★収穫【なし】 ★荷造り【なし】 ★出荷【なし】 ★その他【▽枯れモミの木(始末)・▽配管(片付け)・▽除草(手・刈り払い機・HKnM・トラクタ・グリホ)】 ★QnS 【淡路島(旅行行き)・▽琴(練)・料理・洗濯】 ★  猿きち 【▽笛練「忠実な羊飼い・メヌエット・後半」・▽ピアノ練「東京ブギウギ」・▽絵(描く)・掃除】☜7 ゜48 ´晴れ・風(5m/s)                                               ::(やった!)・ ▽(途中だ!)・ 無印(出来なかった!)

::あわじしま なるとのうずが まいている (ほうけいくひと たまねぎくって)::  淡路島 鳴門の渦が 巻いている 呆け行く人 玉ネギ食って  ::

Awaji Island,
Naruto whirlpool is swirling,
people who are getting old, eating onions.

 

・・・

話はきのうの続きだ。

自然物と人工物の区別ができるという前提に立ってもらった。ちょっと不思議なのが、その区別の根拠だ。あまり深く考えた事が無いので触れないでおく。ふれても何か言えるというほどでもないからだ。なぜか自然物と人工物の区別ができるという前提にたってもらった。

そして人工物はどうやって作られたのかを問題にしたい。

結論を先に言う。

それは「音楽と絵と言葉を使ったコミュニケーション」だったということです。いままで言葉だけに注目していたが、そこに音楽と絵を加えたのが新しいといえば新しい。

家の図面って建てる前に描くでしょう。アレって絵ですってば。言葉でもなく音楽でもない絵です。

音楽が家を建てるのにどう関わっているのかは不明ですが地鎮祭などやって雅楽などが奏でられれば音楽もかかわると考えたのです。祝詞奏上なども音楽の関わりだ。

コミュニケーションって音楽と絵と言葉を使う以外にできないってことに気づきました。つまり虚構はコミュニケーションを通じて作られ、コミュニケーションの素材は「音楽と絵と言葉」だということです。

家を作るには何かのコミュニケーションが必要だと気付いたのです。すべての人工物も同様でしょう。化粧衣装もこの平面にある。

次回に続きます・・・。

QnSがこれから淡路島へ旅行へ行くそうなので小渕の駅まで送ります。                        じゃあ、ね。

 

▽笛練「忠実な羊飼い・メヌエット・後半」::200BPM二拍を一拍に数えての練習だ。

できた。10小節のメロデーを覚えてそれをコピーすることだったんだ。