• 予定::【収穫(トマト)。荷造り(なし)。出荷(なし)。作業(ハクサイ苗管理・トマ畑「(誘引・芽掻き下葉掻き・除草・病葉落し・小糠防除・受粉)☚七回目、12うち7/8通路重点」)。その他(QnS「自宅テラピ教室先生休み!・料理・洗濯」)/ 猿きち(「雪の夜(23~44)2再提出F作り練習」)】☚7゜17´雨。激しい。

・・・。

きのう「今日は休みにする!」と予定をたてた。確かに朝の起床は四時とかにならずに、ゆっくりしている。だが、この雨の中でトマトの収穫はしなければならない。

天気予報によると12時くらいから上がるとのことなので、それに期待する。止んでくれ。・・・でも。球は濡れているだろうな。ああ、、、。

そう! このところ仕事、仕事の毎日だ。絵も詩も作曲も笛もピアノもやっている暇はない。

と、言う時の「やっている暇はない」という言い方について。これはどういう価値観からものを見ている言い方なのだろうかという疑問が沸いてくる。ホントはトマトの収穫、仕分け、荷造り、出荷より絵や、詩や、作曲や、笛や、ピアノの方が価値が高いという価値観がそこにはないだろうか。そんな疑問である。

話しは変わるが、おれはNHKの聞き逃し番組で、色々な人の話を聞くのが好きだ。こんどはコクブコウ一イチロの『人間を考える~共にいきる~』という話が始まった。一回目を聞いただけだが、おれの考え方と近いなあという感想である。そこで、もしかすると「やっている暇はない」という言い方が含んでいる価値観について言及されるかもしれないという期待がある。

しかしコクブにはどんな暇がないのだろうか。たぶんトマトを作る暇はないだろう。その時のコクブの価値観はどう働いているのだろうか。「作る暇はないが、作んなくってもいいもん!」と思っているだろうと想像する。一方おれは「やる暇がないのが、くやしい!」となっていないだろうかという疑問なのだ。だってそれをヤリタイんだから。そんなおれとコクブの価値観の違いはどこから生じるのかという疑問です。

そんなん、社会が持っている「人を価値づける価値観」の受容以外にないでしょう。そうするとすぐ「社会はなぜそんな価値観を持つのだろうか」という次の疑問が沸いてくる。

「お代官様、お許し下せえまし!」とか「越後屋、お前も悪じゃのう!」などの権力関係だともくろんでいます。つまり権力関係の上位にいる者の希望を下位の者が忖度するから、そんな価値感が出現する。だって大学教授(ここではコクブコウイチロウ)なんて、あなたの単位の認定をする権力者なんですよ。大学教授って学生に対しては権力者です。だから学生はよく教授の意向を忖度すべきです。おれなんかそういうの上手だよう。

が、すると、すぐ「社会にはなぜ権力関係が発生するのか」の疑問がわきます。そんなん「無いより在った方が社会がよりよく機能する」からでしょう。無関係の人が75億人いるより、権力関係をつけた75億人の方が社会としてはマシってことです。

それとはまた別の話だが、人に拘束をかけずに一時間以上喋らせれば、どんな人かが分かるのではないかという気がする。一万人の話を聞けば万巻の書を読んだのと同じになるのではないかという期待だ。本を読まない自分を慰める理屈だ。

だけど一万時間って、どの程度の長さなんでしょうか。

すぐ調べてみます。

 

Re練::2再提出:雪の夜に(23~44)::❶拍の中に音価を正確に入れる・❷チェンバロとアンサンブルする(これをどう克服するかの練習法の工夫)

MuseScoreに採譜してチェンバロの音を聞いてやろうって作戦です。これで❶と❷が克服できるのではないかというわけ。

これをやっておくとピアノの譜読みにもなっている。左手で八分のシミラと弾いておいて、右手で同じく八分でミファiシとやって、右手の4の指か5の指で二分のミ・四分のドiとやればいい。あんなに難しそうに見えていたことが、おれにも出来そうな感じがしてくる。これなら先生イシダにおっつあれても、正確に確認ができる。

こういう勉強法を思いついた。べbben.

おっつあれる::叱られる。怒られる。腐される。

 

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