予定::【収穫トマト☚直売用「赤玉」のみ・ジャガイモ☚取り残し分☚出来ず!)。荷造りトマト・ハナオク・ミョウガ)。出荷トマト・ハナオク・ピマ・クリ・ゴヤ・ミョウガ)。作業(トマト畑「誘引、芽掻き」☚7番畝重点・ハクサイ苗「補植え」)。その他(QnS「料理・洗濯」 /  猿きち「雪の夜23~44」2再提出もの練習」】☚11゜10´快晴。

・・・。

もう一日は始まり、すでに四時間働いた。いま(11゜10´)は朝食(ウチは1・0゜発!)後の一休みだ。日常なんて上の「予定」にある通りのことの繰り返しだ。これがリズムになっている。リズムに乗れていると、不安がない。そういうリズムを自分に作り出すことも不安なく生きるためには大事だ。

とはいうものの、いつも・しつこく・言っているように、そんな自由はおれにはない。社会の中でそういうリズムを持つ者として生きるように与えられただけである。

おれに限らず誰だって与えられる。その「与えられ」に文句を言うようにされているのが現代のわれわれだ。現代とはそそういう時代なのだ。だから、格差だ、不平等だ、女性蔑視だ、パワハラだ、と文句を言うしかない。これは縄文の人や江戸の人にはか関わりのない事だった。未来の人にも関りは無いだろう。いまのわたしたちに関わっている(だけ)のことなのだ。

そこで「それを与えたのは誰か?」という問いは当然である。それを神と言ってもいいし、言わなくてもよい。「受動意識仮説」や「受動の生」に行きつくとそんなことが問題になってくる。

 

Re練::2再提出:雪の夜に(23~44):MuseScoreのチェンバロ伴奏で練習❹

㉖のレの音が上ずってはいますが・・・。これを提出してみました。

どうですかねえ。

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