• 予定::【収穫(なし)。荷造り(トマト・カボチャ)。出荷(なし)。作業(コンバイン無負荷運転一時間・「麦踏み☚二回目」。その他(ツキタ大工「屋根下地調整一名」・QnS「木曜自宅テラピ教室・買い物・料理・洗濯」/  猿きち「環境整備☚続き・掃除・雪の夜に「1~70通し練習☚続き!」)】☚07゜36´晴。

::(「やった!」 「途中だ!」 「出来なかた!」)

・・・。

 

猫の練習2

 

確かに意識って無くなる時がある。眠っているときだ。

その意識のない、眠っているとき夢をみることもある。その時は意識があるが、通常の意識とはだいぶ違っていて「どうにもならない」って感じを伴う。

そんなことを言うんだったら、起きて普通にしているときの意識は「どうにでもなる」のかといえば、やっぱり「どうにもならない」ようでもある。

一方「植物人間」と言われるように、植物人間にも意識はない。植物人間の意識は夢とちがって戻ってくることがない。

植物ついでに言うと、植物そのものにも意識はないとされている。が、植物は他の植物や同種の植物と「情報の交換」はするらしい。「意識なしでする情報の交換」って何なんだろうって考え込んでしまう。

ついでに言うと空の星の事だ。星とか惑星とかにも意識はないとされているが、情報は交換しているらしい。それで太陽系とか銀河とか銀河団とかが一定の形を保つ。リンゴが地面に落ちるのだってリンゴと地面(=地球)との間の情報交換として「リンゴが落ちる」と考えるのはどうだろう。重力っていう物理用語とは別の、ものの見方である。「情報」で世界を統一してしまうようなものの見方だ。

動物、例えば犬、猫、猿、馬、鹿、猪、鶏など、どうもそれなりの意識があるようにみえる。・・・ミジンコなんかどうなんだろう。

それと忘れていけないのは死者だ。死者にも意識がない。死者にも意識があると言う人はいるが確かめようがない。「死んだ婆ちゃんは天国で楽しく暮らしているよ」などという具合であるが、「婆ちゃあん、ご機嫌いかがですか?」と訊いても応えてくれない。したがって意識のあるなしについて確かめようがない。だから、いまのところ死者には意識がないとしておくのがいいだろう。

意識は欲望を自覚するのに必要なのだという仮説である。こうして意識は様々な欲望に満たされる。好き嫌いから始まって、そう在らねばならないまで。眠っていて無意識でも呼吸とか消化とかはしているわけだから、「息をする」「消化をする」なども欲望の実現と考えれば、意識のうえに現れる欲望が全てではない。しかしそれらは止められれば即座に強い欲望となって意識にあらわれる。「息ができないよう!」とは、息がしたいという欲望の表現だ。「腹が痛え!」とは、病院に行きたいという欲望の表現なのではないですか。

意識、情報、欲望、言語、絵、音楽だど。

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