• 予定::【火曜ヤスミ収穫(なし)。荷造り(なし)。出荷(なし)。作業(火曜駅荷あげ)。その他(QnS「料理・洗濯」・ 猿きち「掃除・ガボット9~24練習」)】☚7゜59´::晴れ。

::(「やった!」 「途中だ!」 「出来なかた!」)

・・・。

 

シムラ・ケンが死んでオカエ・クミコも死んで「こりゃ大変だ!」と思ったコロナ肺炎でした。いくつもの変異をへて今はオミクロン株が流行っています。この病気の受け止め方も変わってきて、デンマークなどでは「普通のカゼ」と同じ取り扱いになりました。出はじめから「ただのカゼだもん」と言っていたのはブラジルのボルソナロ君や合衆国のトランプ君とかがいたことを覚えています。

出初めはヤバイ病気だったが幾つもの変異を繰り返した結果「ただのカゼ」になったということのようです。

と同時に「無い袖は振れない」のだから「ただのカゼ」として扱うしかないところに追い込まれたという面があります。無い袖とは医療資源のことです。あまりにも感染者が多くて医療資源は在るだけしかないわけですから、そこからアブレちゃう人は出てくる。そうなると「ただのカゼ」だから「その辺で二三日養生しといてくれ!」とならざるを得ない。ここでは上級国民と平民の差が問題になりそうです。

かつて中世に流行ったペストなんかだと、ペストに対する医療資源なんてゼロでした。罹って死ぬのか生きられるのかは神のみぞ知る「運がいいとか悪いとか」の世界だった。当時でも罹った患者を社会から隔離するのが一番の対処方だった。それは今でも変わらない。が、隔離するには検査をして陰性か陽性かを知らなければならない。検査キットは医療資源に属し、これが足りない。「無い袖は振れない」からありのままになっちゃう。その「ありのまま」を「物語」にしなければならない。それがコロナの「ただのカゼ化」です。そういうふうに物語化しているのが政治家であり行政の人であり感染症研究者でありマスコミだ。オレなどはSNS上の意見に影響されてこんなことを書いている。

なら、どうすればいいか?

「コロナで死ぬのは嫌だ!」「コロナになんかなりたくない!」「コロナ後遺症で苦しむのはイヤだ!」「コロナ隔離されたくない!」「・・・」・・・そんな国民の願いの実現のために医者も行政も政治もマスコミも最善を尽くすべきです。そのためには政治や行政や医者やマスコミの「都合」に合わせるべきではありません。その都合のことを既得権といいます。彼らの既得権に振り回されている現状と観ます。だってコロナが出たから日本社会が変わったっていう事例を見ないもの。

国民の願いに応えるためにマスコミや政治や行政や医者が変わることができなければなりません。新しい産業もここで生まれなければなりません。柔軟性を持って変れる社会が必要です。日本でGAFAが生まれなかったのはここに原因が在ったのだと思います。このコロナで変われる日本になって欲しいです。でも太平洋戦争に負けて、あっという間に軍国主義が民主主義に変わったといいますが、実は「何も変わらなかった」という見方もありますから、結局なにも変われない日本としてこれからもやって行くしかないのかも・・・。

北京で冬季五輪が開かれます。オミクロン株の流行なしで行けますでしょうか?流行る方に一票入れておきます。流行ったら中国共産党はどうするのでしょうか。

わかりません。

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