日別アーカイブ: 2023-02-22

予定::【収穫「なし」・荷造り「ハクサイ・カボチ・ジャガイ 」・出荷「なし」 ・その他「駅(荷揚げ))」・QnS「肩揉み(行き)・料理・洗濯」・猿きち「掃除・笛::お洗濯ワルツ(❶第三の部分、❷通し)練習」 】☚☚8゜15 ´晴れ。風(北西3m/s。                                                       

 (やった!)▽(途中だ!)(出来なかった!)

                                 ::いつもある ひかりにおとは ここにあり (だからことばは よめてきこえる)::いつもある 光と 音は ここに 在り だから 言葉は 読めて 聞こえる::There is always light and sound are here, so I can read and hear the words.   

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きのうはこんな文を書いた。一月万冊のヤストミアユミさんの講義『世界は何故こんなに狂ってるのか?』のコメントとしてである。採録しておいた。以下。

『狂った社会にしろ正常な社会にしろコミニケーションがなければ社会は成立しないと思います。正常なコミニケーションは石器・狩猟採集時代にしかなかったと想像するのですが、いかがでしょうか。

石器時代を抜け出して行くときから言葉がレトリック(=方便、言い訳、手段、虚構、ウソ、・・・)として使えると学んでいったのだと思います。

しかし言葉をレトリックとして使う使い手の「欲望の起源」と「コミニュケーション」は対で考えないといけないと思います。この過程の行きついたのが現代の狂った世界だとおもうのです。

狂った世界のルールの中からどうこうしようと思ってもだめで、ルール自体が変わることが必要だというベイトソンには賛成です。が、それこそが歴史で、人間には歴史が創れるのかという難問になりましょう。

これにオレは否定的です。人間は歴史に「飼われている」生きものと考えます。狂っていずにまともになって欲しいと祈りますが、祈りは呪術に属し、その呪術がチカラを持ってほしいのです。

戦いは非暴力・非服従であるべきとおもいますがゼレンスキーはそうしていません。』

猿きち::「おまい、百姓一揆の起こしかた知ってる?」                        QnS::「アタイしらない・・・。どうするのかしら。」

ということなので呪術に頼るしかないです。

 

笛::お洗濯ワルツ(❶第三の部分、❷通し)練習::きょうはしよう!