• 予定(23日)::【収穫「トマト・キウリ・ゴヤ」 荷造り「トマト・キウリ・ゴヤ」 出荷「トマト・キウリ・ゴヤ」 その他「トマ畑(誘引・芽掻き・下葉かき)・除草(HKnM・刈り払い機・トラクタ・グリホ)」 QnS「料理・洗濯」・ 猿きち「掃除・笛:お洗濯ワルツ(通し)練習」】 ::☚☚6゜42´晴れ。風(なし)。

 

  • 予定(24 日)::【収穫「トマト」 荷造り「トマト・キウリ・ピマ」 出荷「トマト・キウリ・ピマ」 その他「トマ畑(誘引・芽掻き・下葉かき)・除草(刈り払い機・HKnM・トラクタ・グリホ)」 QnS「料理・洗濯」・ 猿きち「掃除・笛:お洗濯ワルツ(通し)練習」】 ::☚☚9゜26´雨。風(なし)。

(やった!)・(途中だ!)▽・(出来なかった!)無印 

::おもいこみ してしんじてい そうなのだ (きっとふしぎな よにすんでいる)::思い込み して信じて居 そうなのだ きっと不思議な 世に住んでいる

::Believe me, you seem to believe,
Surely,
we live in a strange world.

・・・

不思議ってどういうことだろう。思うことや議論することが不可能ってことなのか。議論は思ったことを反対意見や賛成意見のなかに出して議論することになるのだから、もともとの思うことがないと議論にはなりえないはずだ。

不思議::変わっていてふつうでは考えられないこと。またそのようなようす。「不可思議」を原義としていて、思いはかる、考えるという意味の「思議」から由来しています(語源由来・類義語)。

『ふつうでは考えられないこと』は考える人や状況が「ふつうではないもの」になると、こんどはふつうに考えらるものになる、ということを含んでいそうだ。狂人とか天才とか、飛行機の墜落場面、ギロチンにかけられる瞬間の人などがそうだ。

思いはかる、考えることが「不可」だとなると、それは「無意識(思うことも考えることもできないこと)」になてしまう。西洋ではこのへんのことはフロイト、ユングあたりから始まった。そうえば古代ギリシャなでは「不思議・不可思議」はどう考えられていたのだろうか。ただただ神を信じて不思議・不可思議を物語にしてやっつけていたのだと想像する。

Google翻訳で該当の中国語を調べると、不思議(想知道「Xiǎng zhīdào」;知りたい)、不可思議(神秘「shénmì」;神秘)とある。

・・・どうもこれは日本の仏教用語らしい。日本には仏教教派がいくつも(十八宗ほか)あるが、もともと不思議・不可思議と言ってのは誰だったのだろうか。『仏さまの能力というものは人をはるかに超越しており、人の考えや言葉では表現することができない境地にある。(贈る言葉情報館)』。

結局、何処の「誰」にはは行きつけないままだ。

だが不思議・不可思議は西洋の現代の用語「無意識(unconciousness)」でいいだろう。不思議・不可思議の取り扱いの仕方は歴史によって違っている。

これからはどう扱うのだろうか。

 

笛:お洗濯ワルツ(通し)練習::カラオケ練習したい!

できませんでした・・・。

 

 

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