• 予定::【収穫(キウリ・ズッキ)。荷造り(トマト・マクワ・スイカ)。出荷(トマト・マクワ・スイカ)。作業(トマ畑「(誘引・芽掻き・下葉掻き・除草・病葉落し・小糠防除・受粉)☚六回目、12うち1から6まで」出来ず)。その他(QnS「料理・洗濯」)/ 猿きち(「雪の夜(23~44)練習)出来ず】☚8゜46´激しい雨

・・・。

歯医者に行きたい。

左上の小臼歯の間が何かスースーする。右奥歯にチカラが入りづらい。あっちこっちの詰め物が取れたままだ。

あ~、歯医者に行きてえ。ま、痛みでもなけりゃ行かないってことだ。もう何年行っていないだろうか。五年は行っていないな。歯医者。

行きたくはあるが、成りたいかと訊かれればおれ自身は歯医者になんてなりたくない。普通の医者もやだ。思っただけで「つまんねえ仕事だ!」と思ってしまう。研究系か芸術系か農林漁業系の仕事がいい。落ちこぼれて農業やってるわけだが、落ちこぼれるのもけっこう良かったなって思う。

『どうせ しがない マドロス稼業』のマドロスにもなりたくない。それが『しがない』からではない。マドロスは閉じ込められた船内での人間関係が厄介だからだ。船にこもるのではなく自分に籠っていられるような仕事が好きなんだなって思う。臆病で内気で人見知りですから。他人にかかわる仕事は苦手だ。関わらなければ生きていけないことも分かるが、できるだけ薄っすらと生きていける分だけ関わりたい。そのぶん貧乏でもよい。そこに「名もなく 貧しく 美しくもない」者ののアドバンテージがある。

マドロス::オランダ語で『海員、水夫、船乗り』の意味だって。マドロスの仕事って船をつかって荷物や人を運ぶんでしょう。そういえば昔「商船大学」ってありませんでしたか。タズ君はここの機関科に行きたがっていた。どんな人生を送ったろうか。会って話せば楽しいかもしれない。付き合いもなく行方も知らないが記憶にはある。

商船大学::『高等船員の養成を目的として、船舶の航海、機関に関する高度の学術技芸を授ける国立の大学。東京および神戸にあったが、平成一五年(二〇〇三)前者は東京水産大学と統合して東京海洋大学となり、後者は神戸大学と統合して、その海事科学部となる。』(コトバンク)だってさ。

「海を渡る」ってことは人類史的にはいつはじまったんでしょうかね。五万年まえには全ての大陸にヒト(ホモ・サピエンス)は住んでいて、全部で500万人位って推測されていますから、きっとその前の何十万年にわたるんでしょう。海を渡ったのって。

航海術なんてどうしたんでしょうか。何か恐ろしいですよね。まだ地球が丸いなんて知らなかったんでしょう。『ここは地の果てアルジェリア』があって、そこから落っこちる恐怖ですってば。落ちた先は何って空想したのか。やっぱり天国と地獄きゃ。それとも別の何か? だいたいそういう時代の人は「人が死ぬとどうなる?」と考えたんでしょうか。今の人は「死ねば、終い!」って思ってますね。

詞ぃ::『涙じゃ ないのよ / 浮気な 雨に / ちょっぴり この 頬 濡らした だけよ / ここは 地の果て アルジェリア / どうせ カスバの 夜に咲く / 酒場の 女の 薄情け』(この詞ぃにリアリティを感じません。おれが詩を書きたいのは自分の経験にリアリティを与えたいからです。でも『ここは 地の果て アルジェリア』の部分は好きです。奇妙にリアリティを感じたので引用しました。『ここは 地の果て アルジェリア』が示しているおれのリアリティが何なのかは分かりませんけど。)

その「地の果て」から落っこちて、どうなるんですか? って。落ちて、はい「お終い」って、なに? 納得できます?

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