• 予定::【収穫(なし)。荷造り(なし)。出荷(なし)。作業(苗「管理」・トマト畑「雨よけ乗せ/続き・麦畑「管理機除草/続き」・役物畑「ゴヤ植え付け」・ゴボ畑「追肥」・ジャガ畑「手除草/続き」。その他(QnS「料理・洗濯」、猿きち「掃除・インテルメッツヲ「9~24 /練」☚)7゜00´晴れ。微風。12゜30’より雨になった。

「やった!」「途中だ!」「出来なかた!」

・・・

 

けさはゴボウの追肥を一番にしよう。今年は品種を『滝野川ゴボウ』から『うまいごぼう』に変えたのでちょっと楽しんでいる。楽しいことは良い事のように思える。あれこれ楽しくしたいのだが、例えばタバコ。タバコで一服つける時なんて楽しかったなあ。でも今はその楽しさを捨てた。そういう(ニコチン)中毒みたいなことでも人生は楽しくできるので、どうすれば楽しくできるのかは一概に言えない。不明だ。たぶん「やり取り関係」(=トレードオフ関係)になっていると思う。つまり楽しさを得るためには支払いがいつも付いてまわるってことだ。『滝野川』から『うまい』に品種を変えると滝野川で得られていたものをなくし(=捨てて)ウマイで得られるものが手に入る。赤ん坊として生まれたときから「やり取り」を繰り返して今日まで来た。あなたにはもう赤ん坊の立場はない。得るための資源としてその立場を捨ててしまった。そのかわり自立を得ている。自立を得たのでもう赤ん坊の立場はない。そういう解釈(=いきるための物語作法)が可能だ。テツ学って学問があるが、あれは物語作法を研究する学問だと思う。通常はそんなことをせずに生まれた社会に流通している物語を生きればいい。それは『よく勉強して、いい学校に行って、いい職業に就いて、いい伴侶を得て、何人か子供を得て、孫も何人もいて、繁栄して暮らせばいいんだ!』か『好きな事に打込んで暮らせばいいのさ!』という二通りの話だった。それを餌にアベのミックすなんかやってる間に繁栄を得るための「得るための資源」をすっかり無くしてしまっていたというところだろう。

 

インテルメッツヲ「9~24 /練」(「模範」と一緒に❷)

きのうよりマシになったが、やはり拍への乗り方が分かっていない。マシにはなっている。どうしたら拍を感じられるんだろうか。いろいろやってみています。

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